悟りを開く方法

悟りを開く方法

悟りを開く方法として、

  1. 思考を徹底的に観察し、思考の仕組みや過程を理解する
  2. 徹底的に瞑想や禅などし、インスピレーションを直に得る

たぶん、3つ目のパターンは、

  1. たまたま脳がそのような接続になる

悟りとは、脳の原始的な部分と、「私は私」と認識するどこかの部分が、直接、ストレートに、直列で繋がっちゃう感覚だと思います。
※イヤホンで音楽を聞くみたいに、音の発生源と受ける部分(鼓膜とか)がほぼ一致して区別なくなる(合わさって、一つに、それだけになる)

“1.” では、脳が思考する意味を見出さなくなり、思考活動をすっとばして、直接3のパターンになる。

“2.” では、瞑想や禅などを通じて、脳が生命維持で手一杯の省力モードとなり、思考へエネルギーを費やす余裕すらなくなり、直接3のパターンになる。

“3.” では、事故や病気などで直接脳の配線がそう繋がる

です。

思考について

思考の本質とは

究極的に、玉ねぎの皮をむくように、思考の働きを一枚ずつ分解していった結果、一番最後に残る思考の働きは、

「私はある」

という、認識の作用です。

クオリアというものかも知れません。

これは言葉(思考)ではうまく言い表しがたいです。

認識する、と言うより、感じる、に近いです。

この「私はある」を基本形にして、様々な応用があります。

私は私である

私は幸せ(不幸)である

私は金持ち(貧乏)である

私は親(子供)である

基本形の上に、いろいろな知識や経験が増えるにつれ、複雑な意味づけや、思考をするようになります。

そうなるにつれ、ますます、本来の私、というものが良く見えなく、分からなくなってゆきます。

思考の垢を落とす

こびり付いた思考の垢を落とす、皮をむいてゆくにはどうすれば良いか

まずは、

対象となる思考というものを理解する

ことです。

付いてしまったものは剥がせばよいだけです。

ただ、複雑に入りくった思考を、パズルを解いたり、絡まった糸をほぐす様に、一から整理して行くことは大変です。

悟りや禅、瞑想などの考え方は、日常生活を送るうえで、矛盾するような、何か常識や直観とは反するように思えて、戸惑う場面も少なくないと思います。

在家のまま、あるいは働きながら、日常生活を送りながら、遭遇するであろうその様な場面において、どう解釈したら良いか、整合性を付けたら良いか、何かの参考となればと心がけています。

見た目と性質は似ている

モノの見た目と性質や機能は、似たような構造になってくると思います。

根本的な思考の形態と、脳の仕組みはうまく対応しているように見えます。

根源的な認識の上に、まとわる付くように様々な思考が重なっていきます。

脳の構造も、脳幹や小脳といった原始的な脳の上に、思考を司る大脳などが覆いかぶさるように発達してきました。

そんなこともあって、悟りとは、何か宗教的な、神秘的なものとは関係ないと考えています。

脳科学的、あるいは後述するように科学や情報技術の進歩によって、すっかり解明され、誰でも簡単に理解出来き、受け入れられるものになってくると思います。