善人と悪人

人間関係

私は私をだませない。

私が考えたり、行ったことの結果は、良いものも悪いものも、全て必ず私の心(閻魔帳)に刻まれる。

私に知られることなく、こっそり、何かを考えたり、行ったりすることはできない。

良いことをすれば、気分がいい。

悪いことをすれば、罪悪感がある。

全ての人が平等に、必ず私自身に裁かれる。

私から逃れる術はない。

悪いことをして平気な人もいる。

罪悪感の薄い人。

他人の痛みも分からない、他人を傷つけても平気な人。

悪いことをして、お金を儲けたり、他人を傷つけたり、貶めたり。

私さえ良ければ、周りは関係ない。

悪いことをして、傷つかなければ、そっちの方が得に見える。

正直者が割を食うように感じる。

が、そのような人は、その人の周りに裁かれる。

反感を買う、恨まれる、たたかれる。

それでも、もともとの鈍感力から、ある程度は平気でいられる。

しかし、必ず清算される。

改めない限り、周りに蓄積される歪(エネルギー)はどんどん大きくなる。

限界に達したとき、強制的に裁かれる。

そもそも、優しい人は、悪くなれない。

悪いことをしてなくても、相手を憎んだり、妬んだりしただけで、何故か私の方がかえって苦しむ。

そういう人は、私に正直に、どうせなら今よりもっと優しくなった方がいい。

心が大きくなる。

ほとんどのことは、受け入れられるようになる。

優しい人は、意識せずとも、周りに良い影響を与える。

私が、ではなく、誰かのため、になって、何かを与える側になる。

感謝されるし、愛されるし、問題が起これば、周りの人が助けてくれる。

いくら理不尽に感じても、割を食っている様に思えても、相手を恨んだり、憎んだりして、わざわざ私を同じレベルに落とすことはない。

そっちに引きずられないよう、強くなくてはならなくても、大変かも知れないけど。

私にうそをつかず、いろいろなことを受け入れる。

私のいやなところや、目をそらしたいところも、見なくてはいけないけど。

それもひっくるめて、受け入れられるようになれば、絶対にいいことの方が多くなる。

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