「今ここ」から「思考が生じるまで」はどれ位か?

思考

「今」を意識した瞬間、既に「意識された今」は過ぎ去っているのであって、「今」は「過去」に、別のものに置き換わっている。

さらにその瞬間にも、常に「新しい今」が、どこからともなく湧き出ているのであって、これを思考が捉えた瞬間、「その新しい今」も既に過ぎ去っていて、以降、このループが続く。

絶えず「今」にさらされているが、思考で捉えた瞬間、手のひらから零れ落ちる。

魚は水の中にいて水を意識しない(と思う)。

人も普段、空気を気にすることはあまりない。

時間に限った話ではなく、「思考」を使うということも同じ。

あらゆるものごとを、思考が捉えた瞬間、意識した瞬間、捉えられたもの、意識されたものは、別のものに置き換わっている。

「青色」「どのようなものか」、見た瞬間(直接)理解するが、「青色」 という言葉は青くない。

「思考」を「思考する」ことも同じ。

「思考」は今この瞬間にも絶えず湧き出てくる。

「思考」が「思考」について「思考」した瞬間、意味を与えた瞬間、入れ子の様に、合わせ鏡のように、ループが生じる。

そのループの中に留まっているとき、直接の理解はない。

ループの輪から抜け出るということ。

「思考」を使ってモノゴト(思考含め)を扱わないということ。

「今ここ」から「思考が生じるまで」の間には、大きな溝があって、決して橋を架けることは出来ない。

「思考」では捉えられないから。

「思考」が捉える「今」とは、思考が生じた瞬間、思考によって作り出されたもの