思考は貪欲に何でも取り込んで何かになろうとする

思考

思考は知識や感情を伴った、経験などの記憶(情報)から成り立っている。

思考が生じている時、思考はあるのであって、あるときは必ず何かしらの興味・関心(正負を問わず)で満たされている。

特に感情と結びついた思考は強い執着となって、(興味・関心の)対象となるモノゴトと同一化しようとする。

思考と感情は、どちらが先ということなく、互いに影響し合い、創発的に、実体のない私という自我を作りだす。

正の感情が伴えば私は幸せだし、負であればその逆になる。

程度の差こそあれ、誰でも同じようにやっている。

ところで、満たされていないと感じる時、必ず足りていないと感じている対象がある。

自らがそれを十分に満たすか、あるいは他で補おうとする。

前者は多大な努力や我慢が必要で、心が折れる作業であることが多い。

後者は、何とか帳尻を合わせようと、私ではなく、他で補完しようとする。

が、何れも何かしらの努力は必要となる。

現状ではいけない訳だから、どちらかの手段を選択せざるを得ない。

前者は私がコントロールできるが、明確な目標や意思がないと続かない。

後者は他力によるため、手っ取り早く見えるが、なかなか思うように行かない。

うまく行かないとき、前者は私を責めるが、後者は他人のせいにする。

私に問題があり、課題があると思えるならば、成長につなげることもできる。

他に転嫁するならば、負の感情となって、気付かないうちに結局は自らが疲弊していく。

私がその対象をどう捉えるか。

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