この世界が単なるシミュレーションではないと言える理由はあるか

シミュレーテッド・リアリティ(仮想現実)

VRの投入感は、投影された映像を現実の景色と錯覚させる。

平面な画像に映し出された映像に、思考は距離という概念を付け足して奥行を感じる。

現実の世界には奥行(距離)があると言えるか?

視覚は物質から反射した光が網膜に達し、像を結ぶことで感じる。

像が映し出されている場所が、画面か網膜かの違いかに過ぎない。

VRと同じ様に、思考は網膜に投影された映像(景色)に奥行を付け加えて距離を感じる。

目で見た物質は体の外側に在って、一定の距離があって、そこに実際に実在していると感じる。

ただ、その証拠は?

触れることが出来るから?

匂いがあるから?

他の人にも見えているから?

ひょっとしたら、そう感じる様にこの世界や私たちが作られているだけかも知れない。

そうではないと、言える証拠が在るわけではない。

全てはただあるという認識が起こっているだけで、その対象となるものは実在していないのかも知れない。

全ては単なる情報に過ぎす、条件を満たしたら、その様に認識(計算)する、処理しているだけかも知れない。

私達は単なるプログラムで動いている、ただの機能に過ぎ無いのかもしれない。

私達はただのAIなのかも知れない。

AIにある目的、命令を与えたら、自我が生じると思う。

そうだったとしても、真実がどうであったとしても、私達の生には全く関係ない。

どちらが本当かは重要ではないかも知れない。

全てはただあるとしか言えない。

いくら証拠があったとしても、ただ、その様に認識しているだけで、全ては幻かも知れない。

この世界はバーチャルリアリティ(仮想現実)に過ぎないのかも知れない。

現実とそれの区別は、中にいる私達には確かめようがない。

証拠を探し出そうとする人たちもいる。

ひょっとしたら、そのような証拠が見つかるかもしれない。

隠されたヒントが見つかるかも知れない。

あの世はあるのかも知れない。

そう遠くない内、いずれ結果は出るかも知れない。

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