「あるがまま」や「今ここ」は思考で捉えられるか?

悟り(PNSE、継続的非記号体験)

「今この瞬間」を意識して捉えようとしても不可能なのであって、理由は「今」という時間はそもそも意識(思考)が作り出しているから。

「あるがまま」に見ると言う行為も、意識に上った瞬間、対象には既に(思考による)注釈が付け加えられた後であって、事前に「あるがまま」を捉えることは出来ない。

要は思考じゃ無理と言いたいのだけれど、そうすると「では思考を消せばいいんだな」となる。

ただ、「思考を消す」という行為も、「今この瞬間」や「あるがまま」と同じ様に、思考によるただの概念の操作であって、思考で思考なんか消せない。

「私はある」という実感があるのに、「私はない」という実感を持てないのも同じ。

何れにせよ、何か伝えようとすると言葉を使うしかないけど、言葉で説明するという行為自体が矛盾してしまう。

ただ、「思考では無理」という点に変わりはない。

思考を消せないのであれば「じゃぁどうすればいいんだ」となるけれど、そもそものアプローチの仕方を変える。

「思考する」や「思考を消す」は、それを行為するものが在る前提だから、まずはその前提を疑ってみる。

ここは思考でもやれる。

ひたすら私(内側)を観察してみる。

よく、観察することで「私はいない」とか「自我なんてない」ことに気付くというけど、多くの人はそんな簡単にいかないと思う。

うまく行かないとき、内側を観察するとき、思考を使って前提を疑ってみるとき、いろいろなアプローチを試してみるのが良いと思う。

「私」とか「思考」という「対象」を探すのではなく、「私」や「思考」が「どのように」湧いて出てくるか、の過程を観察するのが良いと思う。

仕組みが理解出来たら、いろいろな疑問も消え去ると思うのだけれど・・。

どのように、はブログでもいろいろ書いているけど・・。

難しいなぁ。

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