思考をモノより上に見たり下に見たりしない

思考

モノがあるように思考もある。

私はモノを認識する、私は思考を認識する、どちらも認識の対象が異なるだけ。

リンゴやミカンはモノだから在る、思考は概念だから(実体は)ない、という捉え方ではない。

それは、ただの一つの見方であって、「こうやったら(こっちから見たら)こう見えますよ」と言ってるだけ。

どちらもただ「在る」という認識が起きているだけ。

概念だからと思考をモノより下に見たり、神性だからと思考(精神)をモノより上に見たり、ということではない。

思考(精神)が智慧を得るのでもない。

最終的に、モノも概念も、同じ様にあるだけ。

思考を消そうとすると、ただの思考停止に陥って、生活にも支障が生じる。

目の前のリンゴを消そうとはしないはず。

思考も消そうとしない。

モノも思考と同じで、気付かないレベルで絶えず変化し続けている。

見た目では変化に気付けないから、確かなモノのように見えているだけ。