AIと人の心に違いはあるか?

AI(人口知能)

AIがCGによってシミュレートした人物。

見た目だけでは既に、実在の人物と見分けることが出来ない。

私が他人と接するとき、相手には私と同じく”心”があると思う。

私と同じ人間だから。

そう(相手が人間)であるか(の判断)は、見た目に依るところが多い。

見た目で区別が付かないとしたら?

相手が人だと感じた時、相手には心があり、気遣ったりする。

相手にどう思われているか、気になったりもする(恋愛などでは特に)。

相手の気持ち(心)を”慮る”とはどういうことか?

相手の心は見えないのに、私はどうやって”それ(相手の心)”に応えようとするのか?

(私が感じている)相手の心とは、私が作り出しているのではないか?

相対した人物がシミュレーションだったとしても、気付かなければ、私はこの相手には心があると感じる。

相手がシミュレートされた人物だと知った時、私の心が感じていた相手の心は、”虚構である”と決め(意味)付ける。

ついさっきまでは、確かに”在った”はずなのに、なぜかいまはもう無い。

(私が感じている)相手の心とは、結局のところ、私が作り出している、ただの幻想に過ぎないのではないか?

相手に振り回されていると感じる時、コントロールされていると感じる時、実は、私自身によって振り回されたり、コントロールされたり、支配されている。

結局、いつも向き合っているのは、私自身の心しかない。

犬やネコに心はあるか?

一寸の虫であれば五分ほどの魂はあるか?

何れも、私が、魂の重みさえも決め(意味)付けている。

最後に、視点を180度反転してみる。

”私の心”は”誰が”作り出しているか