あるがままに”見ない”とはどういうことか

思考

いくら頑張っても、”ありのまま”に見ることなんか出来ない、どうしたらしたらいいんだ、という声が多いのでちょっと実験してみる。

”あるがまま”に見る、ではなく、”あるがまま”に見ていないとはどういうことか、分かれば見える様になるかもなので。

私たちが見ている(認識している)世界は、思考というフィルターを通し、”あるがままのもの””認識の世界”の二重構造になっている。

私が世界を見るとき、いつもこの”二つの世界が被さった状態”で見ている。

どの様に二重になっているか感じてみるため、ちょっとお付き合い頂ければと思います。

まず、目の前の景色を暫く見る。

目を瞑る。

瞼を通して光は感じるので、明暗は分かりますが、(基本)目を瞑れば目の前は真っ暗です。

が、目の前は真っ暗で、何も見えていないはずなのに、目の前にどの様な景色(風景)が拡がっているか、”見えている”と思います。

目を瞑る前と変わらぬ景色(風景)が。

実際には、真っ暗で何も見えていないはずなのに。

例えば、このブログをSPやPCで見ていた場合、目を瞑っても、瞑る前と変わらず、目の前には”それら(画面)が在る”と認識しています。

想像力が豊かな方であれば、実際に見ているかの様に、同じくらいの解像度で見える(イメージできる)方もいらっしゃいます。

ただ、このイメージは、実際の、”あるがままのもの”ではなく、思考(記憶)が作り出した虚構の世界です。

今度は、目を瞑ったままでも見えている”認識の世界”のイメージを保ったまま、目を開けてみます。

目を開けたら見える実際の景色(風景)、”あるがままのもの”と、先ほどまでイメージで見ていた”認識の世界”が、二重に被さり合って見えています。(二重構造になってます)。

※厳密には、目を瞑っている時にも”あるがままのもの”は沢山見えているのですが、説明を簡単にするため割愛します

全然、伝わらなかったらすみません。