どこを探しても私は見つからないというが、どこを探しているのか

思考

私(自我)は存在しない、ということを確かめてもらう(感じてもらう)ために、自分の内側を良く探してみてください(決して見つからないから)、という方をたまに見かける。

そう言われても、多くの人はあっという間に(私を)見つけてしまうし、納得できないと思う。

なのでちょと探してみる(納得して頂けるかは別として)。

最近は、脳について多くのことが分かってきているから、”私(自我)は脳の中にいる” と感じる人も多いと思う。

少し前までは心臓であったり、肚であったり。

“魂は肚にある”と言われても、今の人は中々想像出来ないと思うが、そう言われたり、周りがそう言ってたりすれば、主観なんていい加減だから案外そう感じたりする。

それでもやはり、私と私以外の区別は、皮膚を境に(内側と外側で)分ける人が多い。

目の前に見えるリンゴの中に、”それを見ている私”が入っているとは思わない。

ところで、私は私を意識した瞬間に生じる。

“私を意識した瞬間”についても様々ある。

何気なく、鏡に映る私を見ているとき、鏡の中の像を私だと思っている

鏡を見ながら、歯を磨いたり、髪を乾かしているとき、あまりに無意識だから気付かない人も多いが、私は鏡の中(の私)に入っている

※私が鏡に映っていると意識出来ているときは、いつも通り私は皮膚の内側にいると思っている

この皮膚の内側ではなく、外側にあるはずの、鏡、而も、鏡という実体(物体)そのものですらなく、それに映っている(実体のない)、ただの私の像の中に、私が存在すると感じている

肚どころか、外側であっても、私はそこに在ると感じてしまう。

そんなものを、本当に、実在として、私の中に存在していると感じるかどうか。

※鏡を見ながら無意識に何か作業をしていたとき、ふと私を意識した(私が生じた)ことに気付いたとき、私がどちら側(体の内か外か)にいたと感じていたか、確かめてみて下さい。

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