相手を煙に巻くような本質と関係のない主張

思考

この手の話は、(話し手の主張が)正しいか、正しくないか、自己探求の結果、自身が確認し、判断することになっている。

解らないのは、解ろうとする側の努力や修行が足らないと。

話し手は“私は正しい”と主張するだけで、証明する必要もない。

そもそも主張の内容自体、”言語では語り得ない” 、“思考では捉えられない”と突き放すことさえできる。

解りたい人は、ますます解らなくなる。

一度気にしてしまったら、解るまで気になって仕方がない。

”本当に解った人”は誰なのか、何を信じたら良いのか、とあれこれ探し始める。

それらしい教義やメソッドをいろいろ試そうとする。

あの世があるか、ないか、の話と似ているが、”(頑張れば)生きているうちに解る”という点でより質が悪い。

限られた時間(生)の中で、何とか解ろうと思い始める。

ただ、いくら努力をしてみても、時間を費やしても、一向に解らない。

良い方法がありますよ、こうすれば解りますよ、と言われれば、飛びつきたくなる。

金銭的な負担もバカにならないことがある。

そこら辺を分かって上手く立ち回るモノもいる。

なかなか良くできたゲーム、と割り切る位で良いのかも。

人様のこと言えた義理じゃないけど・・

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